産科医 賀川玄悦という人

出産というものはいつの時代にも必ずあるものです。
当たり前ですね。

僕も二度立ち会わせていただきました。
そうする人、しない人様々ですが、立ち会ってよかったと思っています。

あとになって、そういえばあれを確認してなかったとかあるのですが、立ち会うということはもうないでしょうね。

でも、そんな悠長なことが言えるのも今だからであって、以前は出産といったら死の可能性もあるものでした。

これは、衛生面や栄養面の問題とともに、庶民にとって医療が高額だったこと、また、産科の領域が発達していなかったことも関わっているでしょう。

そんな中、産科医療の土台を作ったと言われているのがこの方。
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「賀川玄悦」先生。
1700年から1777年、77歳で亡くなるという、7ばかりでなんとなくいい感じ。

20歳のときに、本格的な医術を学ぼうと近江から京都に出ましたが、ある夜隣家の娘が産気づき、乞われ駆けつけると、母体も危うい状態だったところ、鍼と道具を用いて人工的に分娩させることに成功したとのことです。

それをきっかけに産科医となったようですが、もちろん土台を作った方なので、独学で臨床を積み重ねたわけです。

鉄製の鉗子を考案したり、また、『産論』という著書を出しています。

今では当たり前となっている、頭が下になる正常胎位。
これを発見して世に唱えたのは、賀川玄悦が世界ではじめてだと言われています。

偶然にもほとんど同時期にイギリスのウィリアム・スメリーという産科医が発見して唱えていますが、繋がりはありませんからね。

これまでの風習で、悪習であるところは説き、戒めています。
実践により理論を作り上げていった素晴らしい臨床家ですね。


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by shinkyu--kaminari | 2015-06-04 21:10 | 東洋医学 | Comments(0)