カテゴリ:東洋医学( 155 )

伝説の名医

古代中国の伝説的な名医に「扁鵲(へんじゃく)」という人がいます。
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この鳥のような人のような、人と表していいのか迷うような存在です。

教科書にも出てきましたね、
「司馬遷」が書いた『史記』にも登場します。

なんでも若いときに隠者と知り合い、
10年した後に医術の秘法書と秘薬を授かり、
秘薬を飲んだ後に塀の向こう側の人が透視できるようになり、
病人を診ると一目で内臓の病変がわかるようになったのだとか。

まあ、いわゆる伝説です。

『史記』によると、
紀元前五世紀の前後数百年を生き続けた人になっていますが、
何代にもわたり中国の大地を遍歴し、
医療活動を行った医師団のことではないかと考えられています。
それらの業績を
理想的医師像として現したものが「扁鵲」だと。

その中で
そんな伝説の名医、扁鵲でも治せないものとして六つあげています。

①驕り高ぶって道理をわきまえない人
②身体を粗末にして財産を重んじる人
③衣食の節度の保てない人
④陰陽ともに病み、内臓の気が乱れきった人
⑤痩せ衰えて薬が服用できない人
⑥巫を信じて医を信じない人

注目すべきは
やはり名医であっても、患者さんの病だけをひたすら診て、どんな病でも治してしまうわけではなく、
治せない患者さんの心構えに言及しているところですね。

当たり前のことですが、どんな人、どんな状態でも治せるわけではありません。

『史記』の中でも
扁鵲が斉の国に行ったとき、王様を一見して病気があることをさとり、治療の必要があることを訴えたところ、
診療費欲しさに嘘を言っていると思われてしまう場面があります。
王は治療を拒み、逆に腹を立てたりするわけですが、
のちに王の病気が表に露見したときは時、既に遅く、死んでしまうことになります。

扁鵲のプレゼンテーション能力不足の可能性も考えられないこともないですが、王様ですから大きな心で接するべきでしょうね。

僕はまだまだ名医ではないですから、
患者さんの心構えや④や⑤のように死に行く病だけでなく、
自分自身が原因のことにも気をつけなければならないと思っています。

いろいろと自分を高めていくしかありません。




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by shinkyu--kaminari | 2014-08-30 19:00 | 東洋医学 | Comments(0)

身を衛る「気」

以前書いた「気」の種類から今日は「衛気」について。

汗をうまくかくの回でも触れましたが、生体には全身をおおっているバリヤーみたいなものがあります。外からの邪気の侵入を防衛しているわけです。

これが「衛気」です。

もととなるのは飲食から作られた「水穀の精微」です。
また、肌肉、皮毛を温めることと、
汗が出る孔を閉じたり開いたりして、汗を排泄し、
体温の恒常性を維持することもしています。

子どもへの治療では、
特にこの「衛気」にアプローチすることが多いです。

子どもは敏感です。
くすぐろうとすると、くすぐる前から笑ってたりしませんか?
あれは実際に感じているんですよね。
体表から数センチ離れたところで感じるわけです。
ですから、
刺さないで翳したりしているときはこの「衛気」にアプローチしています。

また、活動しているときは外を巡っていますが、
寝ているときは内を巡るので、バリヤーの機能は低下します。
そのため、寝るときは布団をかぶるようにするわけです。
暑いときでも薄いものを一枚掛けた方がいいです。

突然涼しくなりましたからね。
寝るときは窓の開閉や、着るものなど気をつけてください。


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by shinkyu--kaminari | 2014-08-28 20:30 | 東洋医学 | Comments(0)

幸せいっぱい胸いっぱい

昨日に引き続き「気」でいこうと思います。
今日は「宗気」について。

昨日の「元気」においてもそうですが、「気」が生成されるもとは3つしかありません。
「後天の精気(水穀の精微)」「先天の精気」「自然界の清気」です。
当たり前と言えば当たり前です。
身体を作っているのは、もとからもっているものと、後から得られるもの。
その後から得られるものは、飲食することによって得られるものと、呼吸によって得られるものだけですよね。

その中で「自然界の清気」が大きく関わるのは、この「宗気」だけです。
入った飲食物が「脾」と「胃」によって消化吸収され、水穀の精微となったものを「脾」の上に上げる力(昇清)によって「肺」に上げ、そこで「肺」が吸入した「自然界の清気」と合わさって生成された「気」のことを「宗気」と言います。

そこから全身に行き渡るので、先では様々な名称の「気」になるわけです。

胸中にある「気」ですから、「肺」や「心」と密接に関わります。
呼吸運動によって得られる「気」ですから、呼吸との関わりはもちろん、発声とも関わります。声が大きい人は元気ですよね。

また、「心」は血脈を主る。このことはそのうち詳しく述べますが、「心」は「血」を全身に送り出す役割をしているので、その力となる「心」の気の源は胸中にある「宗気」ですから、気血の運行は「宗気」と関連が深いわけです。

言うなれば呼吸が全身に影響を及ぼすということですね。
前にも言いましたが、とても大事です、呼吸。

僕はよく呼吸で遊びます。
楽しいですよ(^_^)v


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by shinkyu--kaminari | 2014-08-20 21:30 | 東洋医学 | Comments(0)

舌も口ほどにものを云ふ

以前の徒然日記、
望み診る、つまり望診について書きました。

目は口ほどにものを云ふ、と、よくいいますが、
舌も口ほどにものを云うんです。

今日は、
望診のなかから、目ではなく舌の云うことを見る「舌診」について。

「舌診」
その名の通り舌を診るわけですが、患者さんからよく聞かれます。
「なんで舌を見るんですか?」


いやいや、これがすごいんです。舌で様々なことがわかります。

考えてみて下さい。
身体の中にあるもののうち、、内臓と直結しているのに容易に外に出せるものは舌だけです。
これを診ないのは勿体無い。
どの診断にも特徴はありますが、
舌診は寒熱の診断において、他のいかなる診法より信頼できます。

簡単に言いますと、
正常な淡紅色の舌が、熱に傾けば紅色になるし、
冷えに傾けば淡白色になります。

この舌そのものの色と、舌の上にある苔の色、
また舌の形や舌上の状態、舌の動態など様々なものを診て
診断をすることになります。

患者さん自身でも、お酒を飲み過ぎたときや食べ過ぎたときなどは、舌においても顕著に違いが感じられると思いますよ。
自分の身体をチェックするのにもよいでしょう。

ちなみに舌の先は身体の上の方、奥は下の方の状態をあらわします。

臓腑で言うと
舌先が「心」「肺」、
中央が「脾」「胃」、
奥が「腎」、
側面が「肝」「胆」、
の反応をあらわしたりもします。

もちろん反応をあらわすわけですから、治療後において舌も変化をします。

乾き過ぎていたものが潤ってくる。
潤い過ぎていたものが適度になる。
暗い色が明るくなる。
厚い苔が薄くなる。

舌を磨いてきれいにしようとしても、身体の中が汚れていたらきれいになりません。
しかし、身体の中をきれいにすれば舌もきれいな舌になります。
健康な人の舌はとてもきれいですよ。
身体がどんな状態か舌はいろいろと語ってくれます。

本人の口より確かなことも多々ありますよ。

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by shinkyu--kaminari | 2014-08-18 21:46 | 東洋医学 | Comments(0)

医者の養生

今から三百年ほど前の江戸時代に、貝原益軒という人によって書かれた『養生訓』という書物があります。

聞いたことのある方も多いかと思います。
現代語訳も出ております。

この『養生訓』の中に、「薬や鍼灸よりも養生」といったものがあります。
記載してある内容に疑問を感じる部分もあるのですが、養生の大事さということではまさにそのとおりであります。
よく養生すれば病気にはなりません。

【伝統鍼灸かみなり】でもここは重要視しています。
ただ治療して終わりではありません。
普段気をつけておくべきこと、やった方がよいこと、やってはいけないことなど、必ず患者さんに伝えます。

寝不足で起こっている病ならば、寝ないと治りませんよね。
食べ過ぎが原因ならば、減らすことです。
これをそのままで治していくというのは、できてもよいことではないと思います。

ただ、養生しにくいことがあるのも確かです。
職場の上司との人間関係がうまくいかなくて、ストレスによって起こっている病の場合、単純に解決できるものではありませんし、過食にもストレスが絡んでいる場合が多く、拒食とも隣り合わせで精神的な病を抱えている方も多いです。

ストレスそのものに対して何かすることはできませんが、治療としてはストレスに過敏に反応している身体を、受け流せる状態に持っていくことをします。

そのような普段の心のありようも含めて養生なんでしょうが、みんながみんなできるわけではありません。

そして『養生訓』でも「良医を選ぶこと」と言っております。何も養生だけで何とかせい!と言っているわけではありません。

二人三脚で治療をし、最終的には自分の養生で過ごせる状態にし、たまに状態を診せにいくというのが理想かなと思います。

僕もたまに診てもらいます。悪くなくても。自分だけではわからないものってありますからね。



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by shinkyu--kaminari | 2014-08-09 21:00 | 東洋医学 | Comments(0)

そろそろこのネタは終わりにしようと思いますので、あと少しお付き合い下さい。

前回、熱をためる行為、それをさばくことについて書かせていただきました。

そして汗をかくことで悪化する人もいると書いての
今回なわけですが、
もちろんおられるわけです。そのような方。

当然といえば当然です。
全ての人が同じわけがありません。

汗をうまくかくことが大切、とは言いましたが
気をつけなければならないのは、
そのことが不必要な場合と必要な場合があるということです。


汗をかくことで、

身体がスッキリして楽になり、
余分なもの(邪気)が排出できる、
内外の調和がうまくとれる人もいれば、

息切れしてしんどくなり
エネルギー(正気)がもれてしまうような人もいるわけです。

このように、汗をかくことによって逆にエネルギーがもれてしまうような人は
身体をフォローアップすることを優先します。
身体の状態からみると、汗をかいて熱を取り除くことが、優先すべきことのメインではないわけです。
こう言う状態の人にとって、この状態で汗をかく、ということはしない方がいい行為になります。

しかし、「汗をかくことで症状が悪化するという状況」という、一見、避けるべき状況であっても、
その人の身体がより治るためには必要なときもあります。

アトピーの方の場合、汗をかきにくいことが多いです。
汗を少しかくような行為をすると痒くなる。
痒くなるということは悪化の一因ととらえて汗をかくこと自体を避けがちですが、
汗をかくと皮膚の表層が暑くなり痒くなる、これは熱が皮膚表面に浮いてきた状態だと思ってください。
そこでやめないで、浮いた熱をしっかり出せると痒みがおさまってきて皮膚に潤いが出てきます。
そして症状も落ち着くわけです。


ある行為がなされて、その後どうなるかというのはとても重要なところです。

例えば「寝汗」という現象。
東洋医学では「盗汗」と書きますが、これそのものをよくないという人もいるようです。
しかし、
お酒を飲み過ぎた日にぐっしょりと寝汗をかいたりしませんか?
また、
眠っている子どもが枕をびっしょりと濡らすほど汗かいていたり。

よくない状態を現す寝汗もありますが、
生理現象の範囲の場合もあるわけです。

目安となるのは、その結果どうなったか?

こういう状態の人が
こういう状況に
こういうことを為すと
こういう現象が
こういう理由でおこる。

なぜそうなるのかというところまでの理論だけでなく、できうるかぎりの体表観察、弁証から方向性を組み立て、実際の結果をみてその経緯をきちんと理解できないと、
症状に振り回され治療にはなりません。

そういうことまでをふまえて

「汗をかけるといいですね。」
「この後汗がかけたら治りますよ。」

と僕は言っているんです。


「汗をうまくかく」に関してはひとまずこの辺で終わり。

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by shinkyu--kaminari | 2014-08-02 14:40 | 東洋医学 | Comments(0)

この季節の時事ネタなので、めずらしく連投します。
汗について。
前回、汗をうまくかくことの必要性について述べました。

熱をうまく身体から出せていればいいわけですが、うまく出せない人もいると言いました。

熱を放出するという行為は、主に、汗、大便、小便などによってなされます。
熱のある所在によって出しやすいところから出す。

だから、深いところにある熱だったら便で出した方が効率がよいわけです。
場合によっては嘔吐して出した方がいい場合もあります。

では熱をためないようにどうするか。
逆に言うと
どういう行為が熱をためるのか。

想像つきますよね?

まずは過食。
そして
食べ物としては脂っこいものや肉類。
ついでに言うと生姜、葱、韮、ニンニク、らっきょうなどは熱性のものなので、使い方を間違えると火に油を注ぐことになります。
そのため、身体を冷やすような素麺には生姜がついていたり、冷奴にも葱や生姜がついていますよね。
この場合はしっかりと冷やす、熱するというふたつの働きのバランスがよく考えられているわけです。

だからバランスよく食べた方がいいわけで、
特にその季節の旬のものは身体が欲しているものでもあります。
夏に西瓜、いいですよね。
でも、本来であればこれだけで冷ます働きがあるので、冷蔵庫で冷やすのは本当はよくありません。
おいしいですけどね(笑)
食事において熱に偏りやすい人は瓜類、海藻類などはしっかりと摂取するべきであります。

精神面における影響も大きいです。
イライラしていたり、心にわだかまりがあってフツフツしたものがあると熱化していくのです。
ストレスと単純に片付けてしまうと、ちょっと違うかもしれません。
嫌なことをしているわけじゃないんだけど、常に気持ちが張っている人、アンテナを張り巡らせている人もそんな状態になりやすい。

ではどんな状態がよいか。
のびのびとしている状態です。
あれやこれや考えず「恬淡虚無」というわだかまりなくさっぱりしている状態。

気持ちにバリヤーがあると皮膚にもバリヤーがはられます。
何も考えないわけじゃないですよ。
考えてもとらわれない。
とても大事なことです。


でも汗をかくと症状が悪化するという方いると思います。
だから汗をかきたくない。
そうしてた方が楽。

それに関しては次回ですね。


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by shinkyu--kaminari | 2014-08-01 13:30 | 東洋医学 | Comments(0)

「汗をかけるといいですね。」
「この後汗がかけたら治りますよ。」

【伝統鍼灸かみなり】では患者さんに対して僕がこう言うこと、よくあります。

治る過程において必要な生理現象だからです。

炎暑ということになるこの時期、身体の熱をいかに逃がすことができるかというのは、とても大事なことです。

しかし、汗を『しっかり』かくことができない人は結構います。

エアコンによって本来かくべき汗を閉じ込めてしまう人。
かいてはいるけど、漏れ出ているだけの人。
上半身にしか、さらには顔、頭にしか汗をかかない人。

僕はエアコンを使うこと自体は否定しません。もちろん、院内もエアコンは使用しています。しかし、何も汗をかけない状態にまでしなくてもいいですよね?
でも、そうしないと自分で身体の熱をうまく下げられなくて調子を崩してしまう人がいることも確か。

うまく付き合うのは意外に難しいと思います。

汗をかきましょう!で、かける人はいいのですが、すんなりかけない人もいます。
身体の内外の循環がうまくいってないわけです。

一般に身体が熱傾向にある人ほど暑い夏はこたえます。
しかし、冷え症で夏がしんどいという人もいます。
この場合、大まかに言うと、熱のバランスが悪いために冷え症という状態になっている人と、身体そのものが弱っているために暑いのも寒いのもダメという人がいるわけです。

また子どもは陽が強く熱に偏りやすいですけど、いっぱい動いて汗を出して発散しているわけです。
だから、発散できていれば大丈夫ですが、スナック菓子を多く食べて体内が熱化しているのに、エアコンによって身体の外側を冷やし熱が発散しにくい状態を作っていると、汗も出しにくく熱中症になりやすいと言えます。

身体は温めないとダメというような本も出ていますが、過剰に熱をもっている人もいるわけです。
皮膚が冷たい=冷え、というわけではありません。
熱がこもっている場合もあります。
多面的にみて判断することが必要です。

体内の熱をためないようにどうするか。
食べ物だけではありません。
精神的な問題もあります。

続きは次回かな。




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by shinkyu--kaminari | 2014-07-31 07:55 | 東洋医学 | Comments(0)

前々回それぞれの臓腑について述べていくことを書きましたが、
その前段階として
東洋医学の臓腑観について説明する必要がありますね。



大概の人は「五臓六腑」という語をきいたことがあるでしょうし、
臓腑というものについて、理解はしていると思います。

しかし、それはあくまでも西洋医学としての認識でしょう。


そもそも五臓を正確に認識している人は医療を生業としている人以外の中でいうと、少ないのではないでしょうか。



「肝、心、脾、肺、腎」

これが五臓です。

違和感を感じますか?
膵臓がありませんね?

でも東洋医学的にはこれでいいのです。

なぜいいのかというと、
五臓といった場合、実際にあるものだけを並べているわけではないからです。

仏教伝来と同じ頃、東洋医学(中国伝統医学)が日本へ伝わりました。

それ以降、東洋医学一辺倒の日本に変化が起きたのが、
江戸時代、解体新書が伝わったときです。

東洋医学の解剖図はでたらめだと認識されるようにもなりました。

人体の解剖図を描き表していたものからすると、正確なスケッチかどうかという観点ではそのとおり。
明らかに実際のものとは違う。

しかし、東洋医学の図は解剖図ではないのです。

臓腑図。

臓腑に対する捉え方、考え方が違うのです。
ある意味、概念図です。

臓腑図においては肺や肝は葉っぱの形をしています。
肺は八枚、肝は七枚。

現実的に見ると、肺や肝がそのような形をしていないのは一目瞭然です。

しかし、なぜそのように描いたのかというと、機能をも現しているからです。


解剖は古代の中国でも無数に行っているので、描こうと思えば描けるところを、
臓腑図では敢えてしなかった理由があるわけです。

西洋医学の内蔵学にあたるものは、
東洋医学では「蔵象学」といいます。


「蔵」は「臓」であり内臓、
「象」とは「形象」で外に現れる生理及び病理現象のことをいいます。

このことから五臓六腑を幹として経絡を枝葉とする一体的人間観がでてくるわけであります。

そしてその他の五臓も
西洋医学でいう臓腑とイコールではありません。

さらに六腑も。

続きは次回に。




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by shinkyu--kaminari | 2014-07-22 22:17 | 東洋医学 | Comments(0)

前回、気には方向性があるという話をしました。
気は生体では動き続けております。
この運動形式を「気機」といい、全身の上下内外のあらゆる場所を休みなく巡っています。そしてそのあらゆる場所で「昇降出入」が行なわれているわけです。

では具体例をあげます。
ざっくりと。

東洋医学的にいうと肺の臓は降ろす方に向かう働きが強い。
そのため、風邪をひいて肺の降ろす働きがうまくいかなくなると昇る作用が強くなるため、咳という症状になってあらわれます。

また、肝の臓は昇る方向に向かう働きが強い。草木のように上へ横へ外へとのびやかに気を巡らせる働きが肝の臓にはあると考えられています。
ストレスなどでイライラし、これが過剰に働き過ぎると、肝の臓が肺の臓を攻めたり、胃の腑を攻めたりするわけです。

その結果、風邪でもないのに咳が出たり、ストレスで胃が痛いという状況にもなります。胃の腑は降ろす働きをしている状態が正しいのですが、逆に働くと嘔吐という状況になりますし、肝と胃のバランスが悪い人は乗り物酔いしやすくもなるわけです。

ざっくりと説明しましたが、これらを理解するには東洋医学的な臓腑に対する考えを理解しておく必要がありますよね。
ここで説明した「肝の臓」というのは西洋医学的な「肝臓」を含んでもいるのですが、だいぶ異なるのが既にわかると思います。

次回以降それぞれの臓腑についても述べていこうと思います。
なるべくわかりやすく。他の話もはさみながら。





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by shinkyu--kaminari | 2014-07-14 20:30 | 東洋医学 | Comments(0)