人気ブログランキング |

いろいろあります。学校では教えてくれないこと。

シリーズとしてもいけるかもしれませんね。

今日は常日頃言っている身体の使い方とも関わるのですが、和楽器について。

和楽器を音楽で教わることってありましたか?
1998年の文部省(現 文部科学省)の学習要項改訂で、2002年から中学校での和楽器教育の義務化と、小学校でも積極的に和楽邦楽への関わりをもたせるという指導目標が掲げられ、
高価な本格派和太鼓や三味線、篠笛のかわりに授業ではプラスチックの皮の張られたもの、プラスチックの笛でとりいれられたりもしているようです。たしかに、天然の皮や木や竹で作られた和楽器よりは音質が格段に落ちますが、それでも、和楽器に親しむきっかけにはなるのでしょうか。
可能ならば、本物の楽器でほんものの音色、音の振動に身を任せる、感動する、というところからの和楽器に親しむ学習になれば一番ベストだとは思います。

残念ながら、1998年以前であった僕の子ども時代には音楽という授業がありながら、学校では日本独自の和楽器に親しむことはありませんでした。

小学校の授業で教わったのは、鍵盤ハーモニカ、リコーダーですかね。あと学校ではなく、地域のグループでの和太鼓。
中学校ではアルトリコーダー。プラスチックのドイツ式縦笛です。
僕の記憶が正しければこれぐらいかと思います。

まあ言ってしまえば吹けば鳴るという簡単なものです。
みんなができるようになるということにおいては、教えやすいんでしょうね。
目的はみんなで合奏することで、音楽の楽しさを感じてもらうのでしょう。
これはこれで意味あることだと思います。

しかし、「吹く」ということを折角するのであれば、ぜひ和楽器である篠笛を取り入れてほしい。

「ピー」と吹けばどれでもだれでも簡単に鳴らせるというものではありません。
プラスチックではないほんものの篠笛は、竹製ですから、一本一本、形も違いますし、穴の開き方も同じではない。
同じひとが吹いたって、違う笛では吹き方をさぐる必要があります。
まず、その篠笛と出会い、むきあい、
篠笛と自分の身体の添い方を実感するところから始まります。

自分の身体を使って音を出すということが実感できるでしょう。
できる人とできない人の個人差がかなり顕われると思います。

でも、それでいいのです。
リコーダーだって苦手な人は苦手です。

篠笛をとおして
自分の身体と向き合うことで、自分の身体に対して感覚が鋭くなると思います。

治療をして身体に起こる変化に、自らは気づかない人がいます。
家族が変化を感じていても本人に自覚がないこともあるのです。
そのような人は、ひょっとしたら自分の身体と向き合うことがなかったのかもしれません。

理屈ではなくて結果的に自分と向き合うことになる。
自分と向き合うというのは、必要なことだと思います。
小さいころからやっておくべきでしょう。

和楽器教育、和太鼓や琴、三味線もよいですが、ぜひ、篠笛もたくさんの学校でとりいれてほしいものです。



当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-20 23:00 | 徒然に | Comments(0)

灯台下暗し

意味:灯台の真下が暗いように、身近なことがかえって気づきにくいことのたとえ(大辞林より)

地元浅草に開業をして四ヶ月が過ぎました。

「まだそれぐらいなんですね?」と、はじめて来院された方だけでなく、
以前勤めていた【荻窪接骨院・荻窪治療室】からの患者さんにも言われます。

僕自身もほんの数ヶ月前まで荻窪の地で勤めていたことを、もうだいぶ前のように感じます。

しかし、常に地元にいて人を迎える立場になると、
この浅草の地には四季折々に様々な行事が古来より続いていることにも気づかされ、
また、そのことについて自分がいかによく知らずに育ってきたかにも気付かされ、
自ずと知りたいと思うようになるものですね。

今日は浅草寺で「菊供養会」、
境内で「金龍の舞」が行われておりました。
浅草に嫁にきた妻はすでに数回みているそうですが、
浅草に生まれ育った僕自身は今までライブで見たことがなく、まあ今回も見られませんでしたが、
この行事について人に説明しようとするとなると、自分でもいろいろ調べますからね。

なぜ、そういう行事があるのか、どういうものなのかと。

荻窪に勤めていたときはなかった感覚ですね。
治療をするための受け入れだけでなく、浅草という地への迎え入れをする。

ただ地元だから、ただそこで開業しているという理由で、その地について知りたいとは誰でも思うことかもしれませんが、
なにしろこの浅草はほんとうに多様で興味深い行事が脈々と過去から受け継がれ、いまなお日々、うごめいている。

浅草という独特の土地だからでしょうね。

灯台の下も照らせるようにしていきたいと思います。



当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-18 19:30 | 徒然に | Comments(0)

病を浮かせる

治療において大事なことがあります。

病を治すことをするわけですが、では治るというのはどういうことなのか。

いろいろな定義がありますが、ひとつには病が浮いてくることです。
病というのは進行すればするほど、
長びけば長びくほど、深く沈んでいきます。

咳であれば喉の上の方でしていたものが、奥の方でするようになる。
痛みであれば、表面に近いところにあったものが深いところにおいて痛むようになる。

そのような痛む部位の変化や、症状の変化という指標では簡単に計れないような漠然とした病であっても、
やはり同じように沈むのです。

それは身体を診ることでわかります。
ツボの反応が沈んでくるのです。厚み、奥行き、幅が増えるのです。

ですから、治療して良くなると、沈んでいたものが浮いてきます。
それはツボの反応も病もです。

そのため、なかった症状、隠れていた症状が出ることもあります。

それが治るということです。

患者さんの自覚症状は大事ですが、それを指標にしていると、正しい治療ができなくなります。

ちょっと不親切に感じるかもしれませんが、最高に親切な治療をしています。



当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-17 20:30 | 東洋医学 | Comments(0)

日進月歩

意味:日ごと月ごとに、たえず進歩すること。(大辞林より)

日々楽しいっていいですよね。

かなり楽しいです!

幸せものだと思います。

好きなことが仕事になる。

学ぶべきことが無数にある。

それを学んでいくことでいろいろな人が幸せになり、

自分もまたより健康になる(^ ^)

今の僕の流行は、腰を呼吸によって動ける部分を増やすこと。

これによって身体の理解がより深まり、施術にも繋がってもくると思います。

そして踊りにも(^_^)v

いろいろわかってはきても、まだまだわからないことだらけ。

絶えず進歩していきます!


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-16 20:30 | 徒然に | Comments(0)

昨日の続きです。

身体の土台作りのために、スーパーボールを踏むのです。

簡単過ぎますね。

でもですね、ただ踏めばいいというわけではないです。

大事なのは重心をしっかりとれること。

指を握ったりせずに力を抜いて、ただボールの上に乗り込む。
足だけがのるのではなく、骨盤、股関節が真上にくるように。

それを足のいろいろなところで踏みます。
前、中、後。内、中、外。と区切った9ブロックを目安に。

これを行うと、足裏がしっかりと地面についていることを感じられるようになる人が多いです。足が広がる感じ。

そうすることで身体の余計な緊張が抜けるようにもなります。

土台が固まっているのに、力を抜けと言っても無理ですからね。

力で立つのではなく、バランスで立つ。

正しい二足歩行ができないと、正しい人間生活はおくれないのではないかと思っています。

言い過ぎですかね?



当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-15 20:30 | Comments(0)

馬鹿と鋏は使いよう

意味:切れない鋏でも、使い方によっては切れるように、愚かな者でも、仕事の与え方によっては役に立つ。(大辞林より)

ちょっと似た感じで、子どもの遊び道具として使うものが、使い方によっては身体のために役立つこともあります。

『スーパーボール』

縁日でも「スーパーボールすくい」なんていうものがありますね。
地面に落とすと高く弾むあれです。

これが養生のためにかなり役立つのです。

どう役立つかというと、身体の土台作りです。

経絡の流れを滞りなくするためには、末端であるところ、転換点となるところは重要です。ひとつにそれは足です。

人が立っているときに唯一接しているところですね。

スーパーボールを上手く使うことで、この土台である足が「いい足」になります。

患者さんに使ってもらうために、蔵前のおもちゃ問屋に買いに行くのですが、
領収書は【伝統鍼灸かみなり】ですからね。
「いろいろ使い方があるんだね〜」と感心されました。

どんな感じで使うかは大概察しがつくと思います。

しかし、どのように使うか。これで結果は大分違います。

それはまた次回に。


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-14 20:30 | 徒然に | Comments(0)

今どきの、、、

日常よく耳にするフレーズのひとつ。

「今どきの、、、」

まあ大抵「今どきの若いものは」と使われることが多いですかね。
「今の子どもは、、、」とか。「最近の子どもは、、、」といったように。

ほぼ否定的に使われますよね。

どうでもいいことなんですけど、僕はこのフレーズが嫌いです。

じゃあ自分たちが子どものときは素晴らしかったのかというと、決してそんなことはないと思うのです。
同じようなことで注意されてもいるでしょう。
また、そう思う原因は大人にあることも多い。

さらに、人のことをあれこれ言う前に自分はどうなの?という思い。

「今どきの子どもは外で遊ばない。」といっても、自由に遊べる場所が減ってもいますし、
親が共働きで、学童に行ってる子、習い事に通っている子も昔に比べると多いです。

今でも外で遊ぶ子はしっかりいます。イメージだけで言ってる人もいるわけです。
そしてそんなことを言う「今どきの大人」に対しても疑問を感じます。

僕はただそんなフレーズを発するだけでなく、なぜそうなっているのか、本当にそうなのかを考え、改善していくことが大切だと思っています。

時代としての問題なのか、その集団における問題なのか、個人の問題なのか。


「今どきの、、、」という考えは二千年前の中国の書物にも出てきます。

人に言うためではなく、自分を戒めるために使いたいものです。



当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-13 23:30 | Comments(0)

鍼と注射

比較するような対象ではないのですが、目の前にある本に注射器の写真が載っていたので、今日はそれについて書こうかなと。

「鍼は痛いですか?」という質問はよくあります。

そういう方は注射をイメージしている場合が多いですね。

「私、注射苦手なので、、、」という方。

もう鍼治療を受けるつもりでうちに来てるわけですけどね(笑)

でも、僕も注射は苦手です。
できることなら死ぬまで受けたくない。

鍼の専門学校時代に採血で、刺されたまま「ちょっと待って下さい!」と放置され、気持ち悪くなってから、かなり遠ざけるものになりました。

鍼は注射と違い、中が空洞ではないので、太さだけでなく形状も違います。
そして痛くないように刺すわけです。
でも専門学校時代は、同級生に鍼されることもとても苦手でした。

テストで僕に刺す友達は相当嫌がっていましたね。
やる前から皮膚が緊張するし、相手も緊張するから、余計に場が緊張するわけです。
刺すぞ刺すぞという気は相手を緊張させます。

ツボにも目があり、鍼先を向けられていると、ツボも皮膚も緊張します。
目に向かって鍼を突き出されたら嫌ですよね?
ですからツボには極力鍼は見せません。

全くの無痛かと言われると、そうではないときもあります。
しかし、目的は無痛で刺すことではなく、気の不通、不栄を治すことなので、痛みがあることが悪いわけではありません。

まあでも痛くない方がいいですよね。
それも含めよりよい鍼ができるよう日々精進しております。


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-11 20:30 | いわゆる… | Comments(0)

食欲の秋〜其の弐〜

昨日からの続きです。

食欲がないけど、食べたら意外と食べることができる。

そのような方もおります。

これをどのように考えるか。

「胃の腑」そのものは元気だということですね。

しかし、境界の部分で滞りがある。
そのため、境界を通り過ぎれば問題ないのです。

喉や膈(胸とお腹の境目)といったところ、この枢(とぼそ)に影響するのが「肝の臓」や「胆の腑」です。

ですから、ストレスや精神的な問題、緊張といったものに影響されるそれらの臓腑に異常が起こると、塞いだような感じを得ることがあるのです。

有形のものが塞いでいるわけではないので、画像を撮っても何も写りません。
気が塞いでいるわけです。

何となくそこにあるような感じ。

そういう気の病変を蔑ろにしないほうがいいです。


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-10 20:30 | 徒然に | Comments(0)

食欲の秋!

いろいろな美味しいものが出てくる時季であり、過ごしやすい気候で食欲が進む人は多いです。

しかし、食欲がないという人もいるのです。

あり過ぎる食欲を止めて欲しいという人もいますが、、、

問診票にも欄があるように、食欲があるかないかというのは大事なことであります。
最終的には生命に関わりますからね。

生きるために必要な行為であることに欲望がわかないというのは、普通の状態ではないわけです。

でも、必ず三食を食べないといけないということではありません。

一日一食を勧めている方もいますよね。
実際に実践して、その方が調子がいいという人もいます。
ただ、その一食に対して食欲があるということが前提ですね。

食欲というのは大事なのですが、その有無が生理現象か病理現象かというのを見極める必要があります。

例えば風邪を引いて、進行してある段階に入ると食欲がなくなります。
これは病理現象における生理現象なわけです。

風邪を治すことで食欲が出てくるわけですから、無理矢理食べさせるというのは悪化することになります。

食欲がないということの病理では、「脾の臓」「胃の腑」が疲労や飲食不節、他の病気で弱っていたり、状態や、ストレスなどにより「肝の臓」が「胃の腑」を攻撃して降ろす働きが上手くいかない状態などがあります。

また、食欲がないと言っても、食べたら食べられるという状態というのもありますね。

このことについては次回。



当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2014-10-09 20:30 | 東洋医学 | Comments(0)