人気ブログランキング |

タグ:東洋思想 ( 5 ) タグの人気記事

奢侈

「奢侈」

なんて読むかわかりますか?

「シャシ」と読みます。

偉そうに言っていますが、僕が読めなかったために書いています。


東洋思想の有名な書物である「老子」
その注釈書で有名な福永光司先生が著したものを久々に手に取って読んでいたら、それまでは普通にスルーしていたんでしょうね。

気になって今日は調べました。

【意味】おごり。ぜいたく。度を過ぎて贅沢なこと。

この「奢」という字は、「煮」の原字で、熱を充実することから、いっぱいに充実する意を含むわけです。それが大きいわけですから、おおげさに充実し過ぎること。

「都」は人の充実した街なわけです。

やはり漢字おもしろいですね。

「侈」は、有り余って多い、という意味ですが、この字そのものにも、おごる、無駄遣いをする、という意味があります。

ちなみに「多」は肉をたっぷり積み重ねたさまを表します。
それでたっぷり有り余る。

勉強になりました。


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2018-11-16 20:30 | 徒然に | Comments(0)

器(うつわ)

老荘思想で言うところの「道」

道は限りなく融通無礙ですが、器はある目的のためには役に立ちますが、融通がきかない。

人でも道を学んだ人は融通がききますが、道を学んでない人は融通がきかない。

しかし道は必ず器をともなうから、いろいろと器をかえていける人が器用ということになるのでしょう。
必要に応じて器を作っていきます。

器量のある人とは道を体得している人。

「道器一貫」


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2017-04-11 20:30 | 備忘録 | Comments(0)

『中庸』より

四書のひとつである『中庸』の中の文言。

「博学之、審問之、慎思之、明弁之、篤行之。」

(読み)「博くこれを学び、審かにこれを問い、慎みてこれを思い、明らかにこれを弁じ、篤くこれを行なう。」

(意訳)広く先人の知恵に学び、理解できないところや、疑問点はしっかりと聞いて明確にし、鵜呑みにせず思案を重ね、それに弁別を加えて、誠実に行なう。」

大事なことだと思います。
この姿勢はなければなりません。
でも、これだけでもいかんですね。

状況によっては、つべこべ言わずやってみる、という姿勢も必要。


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2016-06-29 20:30 | 備忘録 | Comments(0)

『大学』から

四書のひとつである「大学」からの引用です。

「古之欲明明徳於天下者、先治其国。欲治其国者、先斉其家。欲斉其家者、先修其身。」(大学・経一章)

「みんなが徳を備えた社会にするには、いい政治を行わなきゃだめでしょ!
いい政治を行うためには、自分の家をしっかりと安定させていなきゃだめでしょ!
家を安定させるためには、まず自分の徳を磨いて人間力を高める必要があるでしょ!」

ちょっと自分なりのくだけた意訳にしましたが、間違ったことは言ってない、、、はずです(^^;;

都知事の問題でいろいろ出ていますが、本当政治家はこういう気持ちでやってほしいと思います。

まずはその人個人がどうかっていうことですよ。
枝葉はそういう人だからいろいろ出てくるんですよね。


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2016-06-03 20:30 | 徒然に | Comments(0)

中国の四書のひとつ『孟子』

その中から引用します。

「父子の間は善を責めず。善を責むれば則ち離る。離るれば則ち不祥焉より大なるは莫し」(『孟子』離婁章句上十八)

これは孟子と弟子の公孫丑との問答の結語に出てきます。

「なぜ君子は自分の子どもを教えないのでしょうか?」
という問いに
「それは自然の成り行きとしてうまくいかないからだ。教えるものは正しい道を行えと言うが、実際はその通りにはならない。うまくいかないと腹をたてる。ましてや子どもは、『あなたは私に正しいことを教えているが、あなた自身は正しいことを行っていないじゃないか』と反発する。だから昔の親は自ら教えるのではなく、他人の子どもと取り換えて教え諭したのである。父が子に善を責めると、親子の情が離れてしまう。それこそこれ以上不幸なことはない。」

アンダーラインがその箇所です。

昨日は午前中次男のサッカーのあと、阿波おどりの練習でした。
ここには子どもが赤ちゃんの頃から知っている仲間がいます。

よくないことはよくないと言ってくれる。
もちろん僕から他の子どもへも言います。

そういう環境はありがたいと思います。

子どもの患者でも同じですね。
親に言われても聞く耳持たないもが、僕の言うことには耳を傾けざるを得なかったりします。

医療者であるとともに教育者でもある。
そういう思いで携わっています。


当ブログ応援ポチッとよろしくおねがいしますにほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ

ありがとうございます!
f0356588_16131425.png

by shinkyu--kaminari | 2016-05-30 20:30 | 徒然に | Comments(0)